1/10スケールの戦艦「大和」を展示する「呉の歴史」展示室の隣には、大型資料展室がありました。ここには実際に太平洋戦争時に使用された零式艦上戦闘機(琵琶湖に水没していた)や、最終特攻兵器として知られる人間魚雷「回天」の実物が展示されています。
平和な今だから平気な顔して見ることが出来ますが、私より年配の方や実際に戦役に参加された方にとっては、涙なくしては見られない歴史の遺品でもあります。自ら「回天」搭乗員搭乗員に志願した、塚本太郎少尉の遺書が資料に書かれてあります。家族にあてた文章に込められた悲痛な思いが伝わってきました。
「回天」は、人間が魚雷を操縦しながら、目標とする艦艇に体当たりする特攻兵器で、「人間魚雷」とも呼ばれます。いろいろなタイプがありますが、実戦投入されたのは、「九三式酸素魚雷」と用いた型のみで、約420基が製造されました。戦没者は搭乗員だけでも100名以上にものぼり、その多くが20歳前後でした。
展示されている「回天」十型は、潜水艦用の電気推進行雷である「九二式魚雷」を利用し、本土決戦の近距離用として開発されたものです。
文庫本「戦艦大和発見」のあとがきに作家辺見さんが書かれた内容に心を引かれました。
イギリスの戦史家リデル・ハートは、「もし私たちが平和を欲するならば、戦争をよく知らねばならない」と言っている。その言葉に重ねて、あの太平洋戦争が私たちにとって何であったかを改めて知ることが大切に思えてならない。 |