第34回東北馬力大会・馬の里遠野大会に戻る

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おら馬いったー(参ったー)・・・

四流馬のレース途中で、第二障害の坂を時間切れで登れなかった馬がありました。係の皆さん重いソリを押して馬に気合いを入れて居たときのことです。突然馬が体力の限界とばかりに脚を折り、次にはごろりと1トンほどの身体を坂道に転がしました。たまたま目の前の出来事だったので紹介します。
総重量1トンほどのソリを係の皆さんが押していますが、馬は喘ぐだけでびくともしません。どうするのだろうと見ていました。 力尽きた四流馬 1・・・係員総出でソリを押していますがびくともしません。
力尽きた四流馬 2・・・馬が前足を折りがくんと膝をつきました。 馬ががくんと前足を膝から折り土につけました。次の瞬間でしたが、大きな体がごろりと転がってしまいました。思わず「大丈夫ですか?」と側にいた方にお聞きしたら、「なあに一休みすれば立つよ・・」とのことです。

この間3分ぐらいだったでしょうか、馬具とソリを外された馬は元気に立ち上がりました。ほっとした私ですが、馬にしてみれば「馬いったー(参ったー)」という所だったでしょう。

その後ですが重たいソリは、現代の馬であるトラクターに引かれて降りていきます。会場アナウンスでは、四百数十万円でお安く売りますよ・・・とPRしていました。
力尽きた四流馬 3・・・大きな体がごろりとなります。 力尽きた四流馬 4・・・舌を出し苦しそうです。
力尽きた四流馬 5 力尽きた四流馬 ・・・馬具や鎖を外します。
力尽きた四流馬 7・・・解放されて安心したのかしゃきっと立ち上がりました。 現代の馬っこ・・・38馬力のトラクターにひかれて降りていきます。


四歳馬レース第二障害を越える所です。右端が構えているカメラマンの場所です。私もここで撮影しました。
馬力大会でのお気に入り画像の一つです。この画像から見る限り、馬と馭者・助手の二人が坂道を登る馬に鞭を振り頑張らせているのどかな光景に見えると思います。カメラマンにとっては格好の被写体ですから、他人より良い場所を求めての争奪戦になります。

初めにもふれましたが、走路にはロープが張られていて、絶対に走路に入らないようにと繰り返しの注意アナウンスがありました。昨年のことですが走路に入り怪我したカメラマンがあったと言います。他人より危険な場所が良い場面を撮影できますが、やはり会場内のルールを守らないと皆さんが不愉快になります。今回も立ち入り禁止に入り、その都度怒鳴られている方もありました。

さて、現代の私達にとって馬との接点は限られてしまいます。一般的には競馬場でのサラブレット種ですが、ここではあまり一般的ではないので割愛します。そうなると馬との接点はほとんど無くなります。先頃紹介したチャグチャグ馬コにしても、そのために飼育され保護されていると言いますし、今回の馬力大会(輓馬レース)や流鏑馬大会に参加する馬とて同様だと言います。

馬は古来から人の生活と大きな関わりをもっていました。戦場を駆け回る武士にとって、優秀な馬を所持することは戦のためには不可欠な事でしたし、ステイタスにもつながっていました。以前の農家では馬屋(まや)があり、家族同様に飼育されていました。私の子ども頃(今から60年以上前)は、手軽に荷物を運べる馬車や冬の馬そり等の記憶が残っています。現在は馬に代わり自動車や、トラクターが農作業の中心です。時代の推移とは言え仕方のないことだと思います。


開会の挨拶で遠野市長が話されていましたが、 新しい遠野市はこの馬文化馬事振興を通じて頑張っているという姿を市内外に発信して行かなければならないと思っております。先般、遠野馬の里におきましてスポーツ流鏑馬大会がありました。遠くは奈良県の方からも参加して素晴らしい競技が繰り広げられました。文字通り技、日頃の訓練、伝統技術をいかに大切にしながら、そこに新しい文化を生むかと言うスポーツ流鏑馬大会が繰り広げられました。

昔からの馬産地である岩手、そして今もなお馬事振興事業を続けている遠野市です。遠野の民話に出てくるでオシラサマは馬コを愛した女性との悲しい別離の物語です。遠野を訪れる全国のフアンの期待に応えるべく、今後とも頑張って欲しいなと願う一人でもあります。
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