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            オ シ ラ サ マ

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最初に訪れたのは、鍋倉公園南部神社入り口にある遠野市立博物館です。展示第1室にはジオラマがあり、二体のおしら人形とバックのスクリーンに展開されるオシラサマ由来の物語が印象的でした。展示第2室には、「家々のカミホトケ」コーナーにオシラサマが展示されてあり、素朴だが生活の中にとけ込んでいた民間信仰の一端を伺えました。

遠野市内から北に、車で10分ほど走ったところに「伝承園」があります。伝承園の中に土蔵を改造移築した御蚕神(おしら)堂があり、中には娘と馬の恋物語で知られるおしらさま千体が展示されています。裸電球のみの照明があり外部の光が一切入ってきません。天井近くまでぎっちりと飾られているオシラサマを見ていると、気の弱い人なら背筋が寒くなるような緊張感と不気味さを感じます。

写真撮影は制限ありませんので、一つ一つの人形の表情をじっくりと眺めました。ここに飾られているのは、馬と娘の貫頭型のオシラサマです。一つ一つのご神体の人形には、中央に穴が開いた20センチ位の布が掛けられています。その布には願い事が書かれてあり、書いている人の願いが伝わってきます。しかしこれは願いを掛けた人の心の中ですから、興味本位に覗くのはまずいと思いやめました。当然ですが撮影も同じ事になります。



<オシラサマ伝説>
昔あるところに貧しき百姓あり。妻ななくて美しき娘と一匹の馬を養う。娘この馬を愛して夜になれば厩に行きて寝ね、つひには馬と夫婦になれり。

ある夜父はこのことを知りて、その次の日に娘には知らせず、馬を連れ出して桑の木につり下げて殺したり。その夜娘は馬のをらより父に尋ねてこの事を知り、驚き悲しみて桑の木の下に行き、死したる馬の首にすがりて泣きゐたりしを、父はこれをにくみて斧をもちて後ろより馬の切り落とせしに、たちまち娘はその首に乗りたるまま天に昇れり。オシラサマといふはこの時よりなりたる神なり。(遠野物語第69話)・・・伝承園御蚕神堂資料より


<遠野地方のオシラサマ>
遠野地方のオシラサマは、屋内神で、多くは養蚕の神とされております。家によっては目の神、家神として拝まれ、守り神、お知らせをしてくれる神とされております。呼び名も、オシラサマ、オコナイサマ、オクナイサマ、オシラオトケ、カノキジゾウなどと呼ばれています。

ご神体の芯木のほとんどが桑の木で作られ、頭を包んだ包頭型と頭を布から出した貫頭型の二種類があります。男神と女神あるいは馬と娘の顔が掘られております。(展示資料から)

<包頭型>
ご神体が内部にあり、布が上にかぶせられてあります。中にあるのが馬なのか、女性なのかは分かりません。
包頭型オシラサマ

<貫頭型・馬>
馬のご神体です。左側のものは古くから拝まれてきたものですが、右側は荒削りながらも色々な表情を見せています。

何故か目を閉じて、寝ているように見えます。暗いところでじーっと見ていると、心に感じるものがありました。
貫頭型オシラサマ・馬方型 1 貫頭型オシラサマ・女性 1

<貫頭型・女性>
同じように女性のご神体です。古いものは、こけしのような形に見えます。

貫頭型オシラサマ・女性 1 貫頭型オシラサマ・女性 2

四方の壁に飾られている、色とりどりの一千体のオシラサマです。
参観者の中には、「感じるー、気持ち悪い・・」と言って早々にここから出る人もありました。

また、願い事を一心に書いている方もありました。
壁面のオシラサマ 1  壁面のオシラサマ 2

<青森のオシラサマ>
オシラサマ、オスラサマ、オシナサマなどと呼ぶ。桑の木で作り二体一対で包頭型が多い。災難除け、病気治癒、農業手伝神、お知らせの神、粗末にすると咎める神といわれている。(展示資料から)




青森のオシラサマ・馬 青森のオシラサマ・女性


<岩手のオシラサマ・ネット資料から>

蚕の神様として広く知られるようになりましたが、一戸町を含め県北地方では、それよりも目の神様として信仰されている方が多いようです。また、首から上を出して着物を着ている貫頭型と、頭からスッポリ着物をかぶっている包頭型とあるうち、圧倒的に包頭型が多いのも県北地方の特徴です。さらに二戸地方ではオシラサマとイタコがまったく関わりをもたないというのも、他地方と異なる点です。

オシラサマを祀るのは1月16日で、普段は神棚に置いたり、木の箱にいれてしまっておいているものをこの日は出し、新しいセンダグ(着物)を着せ座敷に飾り、拝みます。