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      奥州市アテルイの里・田んぼアート


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跡呂井公園の小高い丘にそびえる巣伏の櫓です。

北上川沿いの一角に跡呂井公園があり、その小高い丘にそびえる巣伏の櫓です。ここは今から1200年程前の古戦場跡であり、朝廷軍と地元の民が戦い勝利をあげた場所として史実に残っています。

朝廷軍の総大将は有名な坂上田村麻呂であり、地元の民(朝廷から蝦夷と侮蔑された民)の大将は阿弖流為(アテルイ)でした。

詳しいことは分かりませんが、阿弖流為(アテルイ)と地名である跡呂井(アトロイ)は共通点があります。

逞しいアテルイの顔。 稲の三品種を使って植えられたアテルイの顔です。

阿弖流為(アテルイ)の名は、水沢観光協会編纂「水沢浪漫」の中で郷土の先人の筆頭に出てきます。その中から紹介してみます。

「アテルイ」この耳慣れない人物は、昭和62年10月に開催された「アテルイとエミシ展」が開催された頃から地域でくローズアップされてきた。悪路王首像として鹿嶋神社に奉納された木彫りの首像が、地域でシンボライズされたアテルイの代理もしくは影武者であるかの存在として・・・。
金色堂の模様 アテルイの顔の上の田んぼ、これは黄色の稲で植えられた金色堂です。

7月に入り、平泉世界遺産登録の再審議が行われています。逆転登録決定になるのか、継続審議になるのか注目を浴びています。
櫓の上から見た田んぼアートの全景です。アテルイのさと、アテルイの顔、そして金色堂と目線が移ります。

櫓の上から撮影した田んぼアートの全景です。まだ稲の株間が繋がっていませんが、梅雨が明ける頃には背丈もしっかり伸びて見頃になると思われます。

報道資料によると、アテルイの顔が10アール、金色堂が20アールの広さだと言います。このイベントを通して地域の活性化を願うとありました。

同じような目的で、一関新幹線橋脚下の田んぼにも平泉関連の田んぼアートが実施されたと言います。ここは新幹線の乗客しか見られない場所で、一般の見学者用に展望台を造るとありました。その時は出かけてみたいと思います。

私は青森県田舎館村の田んぼアートを見に行きますが、郷土奥州市でもこのようなイベントが始められたことを嬉しく思います。イベントを積み重ねることにより、次への可能性と夢が広がります。実行委員会のご苦労は大変でしょうが、ぜひ続けていって欲しいイベントだと思います。