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       本州最東端・とどヶ崎灯台探訪


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姉吉港から灯台へ向かう上り口です。ここから一気に急勾配の折り返しが続き、重い荷物を背負った私はへばり気味になりながら歩きました。

姉吉の船着き場からとどヶ崎灯台までのコースですが、距離にしておよそ4kmほどあり登り口がここから始まります。皆さんはすたすたと歩いていきましたが、重いカメラ一式を背負った私は最後尾になりました。

看板に張り紙があり、「猿がいますので絶対にエサをやらないでください」と書かれてあります。奥の看板には、車での立ち入り禁止とか、組合員以外は松茸の採取は厳禁と書かれてあります。

私の後ろには、係の方が二人ついてきました。「撮影しながら歩くので遅くなります」と断ってあります。

沢伝いに灯台への道が続きます。ここまで来るとほぼ平坦地になり、あとは時間との戦いになります。展望はほとんど期待できないのです。 快適なクルージングとは違い、海辺から一気に斜面を登るコース(約1km程)が一番きついのです。しかし、この部分の通路はアスファルトで舗装されてあり、足を引きずってもつまずくことはありませんでした。

所々にあと何キロという道標があり、その場所の沢の名前が書かれてあります。一番辛いところを過ぎると、画面のような沢沿いの平坦地が延々と続きます。

道路からの展望はほとんど無く、紅葉しかかった林の中を最後部で何とか歩きました。全行程は約4kmほどひたすら歩き、何とか林が切れて灯台が見えるまで75分かかりました。
超広角レンズで寝ころんだまま(失礼・・)撮影した灯台全容です。画像が歪んでいますがお許し下さい。 目前にそそり立つ純白の灯台を見たとき、今までの疲れが一気に吹き飛んでしまいます。灯台真下の草原にごろんと寝転がり、目の前にそそり立つ34mの先端部を見ていたら嬉しくなりました。

側に寝ころんでいた同年代の男性が、空を見上げながらぶつぶつ言っています。あれれと思って耳を澄ますと、何と何と「般若心経」の一節でした。でもその気持ち分かりますね。立ち上がったとき帽子を取ったら、坊主頭が見えましたので住職さんかもしれません。

念願のとどヶ崎灯台ですが、山田在住通算12年間の私にとっても憧れの場所でした。宮古市重茂から川代経由で、山田町大沢までは何回となく走っていましたが、千鶏から姉吉、そして灯台までは足を伸ばしていません。

私達が訪れた日、灯台の一般公開が開催され私達以外の皆さんも訪れていました。一休みしてから一気に先端部まで登りました。海面上からは60m位になるのでしょうが、灯台と水平線の丸い海、そして岩場しかないのです。
近くにいた若い女性が、「わー水平線が丸いよ・・」と感極まった声で叫んでいました。
青空にそびえ立つ白亜の灯台と本州最東端の碑です。周囲には沢山の人が休んでいました。 灯台の敷地から少し離れた大きな石に、本州最東端の碑がはめ込んであります。画面でも少し見えていますが、右下には同じような碑文が埋め込まれてあります。

とどヶ崎灯台というと、灯台での暮らしぶりの手記から映画化された「喜びも悲しみも幾歳月(昭和32年)」の感動を想い出します。灯台官舎で職員が家族と共に生活したのはかなり前のことですが、ここまで来る道のりを実際に毎日歩いて学校に通ったのですから、子ども達は大変だったと思われます。

この場所は最高の撮影ポイントになり、周囲の人を入れないで撮影するのが大変でした。なお、本州最東端とどヶ崎灯台については、クルージングの様子と合わせて後日まとめてみます。