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    岩手花巻大迫・宿場の雛まつりあれこれ


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享保雛飾りで見た「狆」を引いている官女人形。

岩手・花巻 おおはさま 宿場の雛祭り・・・

大迫町はかつて、三陸と盛岡を結ぶ街道の宿場町として栄え、江戸時代の享保雛、古今雛など代々受け継がれた貴重な雛人形が数多く残されています。

むかし「おひなさん、おみしぇってくなんしぇ」と言って、子供たちが家々の雛人形を見て歩いたどうですが、そんな風習を今に復活させたのが、大迫の「宿場の雛まつり」です。大迫交流活性化センターをメイン会場に町内二十数カ所商店や民家に、歴史雛から現代雛までいろいろなお雛様が飾られています。どうぞお気軽に展示会場をおたずね下さい。きっとあたたかく迎えてくれるはずです。 (※会場で頂いた資料から)

二月の末から三月三日にかけて、待ちわびた春の訪れを告げるような雛祭りが花巻市大迫町にて行われています。大迫町は私にとっては「早池峰神楽」のメッカでもあり、毎年頻繁に訪れるところでもあります。特にも、「岳神楽・大償神楽」が今秋、ユネスコの無形文化遺産登録が確実視されていると言います。

2月27日と3月3日の二回訪れて撮影してきました。前回も書きましたが、ストロボを使用しなければ撮影は制限がありません。岩手でもこの時期には各所で雛祭りが催されてはいますが、撮影禁止の会場が多いように思います。案内の女性が話していましたが、ここ大迫町内の会場でも撮影できなかったと言う方がおりますよ・・・とのことでした。

会場内には案内役の女性がおそろいのピンクの法被を着て、来訪者への説明をなさっております。さすがに3日は最終日でもあり、かなりの人出があり年配の女性の方々が多いと思いました。私がお聞きした方は年配の女性でしたが、説明をお聞きしながらなるほどなあと思ったのがお内裏様の並び方です。

男雛は天皇、女雛は皇后をあらわすものです。昔は向かって右側に男雛、左に女雛を並べていたが、昭和天皇の即位式の時に並び方が逆になった。その影響で、その後の雛人形は男雛が左側、女雛が右側になっている。今売られている雛飾りはそうなっています。ここの会場では、昔通りの飾り方で並べています。

最初の雛人形はお内裏様だけでしたが、宮中に仕える三人官女やお囃子を奏でる五人囃子の人形が並べられるようになってきました。五人囃子とは、太鼓・大皮・小鼓・笛・謡の順番で音の大きいものから並べられている。人形の作りによっては、力のいる 太鼓・大皮は着物を枚着ていないものもあります。これは汗をかいて暑いからと言います。
 (※案内説明から)



享保雛(きょうほうびな)・・・

江戸中期の享保年間(1716-35)に流行した雛人形。坐雛の原型ともいわれる寛永雛を発展させた雛であるが、衣装が金襴や錦などを使う豪華なものとなり、面長で切れ目の目をもつ気品高い顔立ちをしている。男雛は両袖を左右に膨らませて手に笏を持ち、女雛は五衣の重ねに唐衣姿で、三角に膨らませた赤い袴を着け、冠をかぶる。

前回も大事に展示されていた大型の享保雛です。これは会場内でも一番大型で目立つ存在でした。一つ一つの人形が大きく、ゆったりとした位置で展示されています。確か「梅村家所蔵」と書かれていたと思います。お内裏様の下には左大臣と右大臣が配置され、その中央に六人の官女、次の壇には五人の能を奏でる楽士が並んでいます。

四段目にの左側には武者姿の人形、中央には烏天狗と牛若丸、そして右側には五人の竹田人形が並んでいます。
享保雛壇飾り・・・梅村家所蔵のもので会場で一番の見せ場の雛飾りです。

享保雛・お内裏様と左右大臣の表情・・・

ここではお内裏様と左右の大臣の表情を紹介します。人形全体を基準としたので顔の表情アップはちょっぴり不足です。古今雛と比べると笑顔に見るのですが、私には詳しい違い等は分かりませんでした。
享保雛 1・・・女雛 享保雛 2・・・男雛
享保雛 3・・・左大臣 享保雛 4・・・右大臣
享保雛 5・・・女雛 享保雛 6・・・男雛


五人囃子・・・

能を奏でる五人の楽士人形です。太鼓、大皮(おおつづみ)、小鼓、笛、謡の順番になります。楽器を持っていない人形もありますが、手の位置から何となく楽器が見えてくるような気にもなります。
五人囃子 1・・・太鼓は下に置いたのでしょうか。
五人囃子 2・・・大鼓だと言います。 五人囃子 3・・・小鼓です。
五人囃子 4・・・笛を吹く楽士。 五人囃子 5・・・謡い担当の楽士。


古今雛(こきんびな)・・・

江戸時代の明和年間(1764-72)頃に作り始められた、江戸生まれの雛人形。江戸十軒店(じゅっけんだな)の人形師であった原舟月が顔を作り、古式に則った有職雛の形式で作り上げた。目にガラスや水晶で象眼するなどの工夫がなされ、衣装も豪華であでやかである。古風な趣のある雛ということで、「古今集」になぞらえ古今雛と呼ばれている。
江戸寛政時代(1788-1800)頃のもので山田家所蔵


私にはうまく説明できませんが、人形の作りが享保雛よりも幾分小さいなと思いました。女雛の冠がかなり大きく派手なものに見えました。享保雛よりも顔が幾分丸い感じがしましたが、見る位置と感じの違いだったでしょうか・・。
山田家所蔵の古今雛飾り

古今雛・お内裏様の表情

享保雛人形と比べて彩りが鮮やかな感じがします。人形が幾分小さい事と、衣装の彩りがそれほど退色していない様にも思えます。顔の表情が可愛らしいなと思います。眼のガラスや象眼までは分かりませんでした。
古今雛 1・・・女雛 古今雛 2・・・男雛
古今雛 3・・・女雛
古今雛 5・・・女雛 古今雛 6・・・男雛
古今雛 7・・・女雛 古今雛 8・・・男雛
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