ほっづぎある記に戻る


         紫波町五郎沼・古代ハス


ウチノメ屋敷 レンズの目 自然の表情 暮らしの表情 ウチノメアーカイブス
岩手の鍾乳洞 岩手の蘇民祭 ほっづぎある記 心のオアシス
ドキュメント  

location:uchinome.jpトップ>ほっづぎある記>紫波町五郎沼・古代ハス

 サイトマップ


開花時期が終わり間もなく散りそうなお薄の古代ハス、でも清楚できれいなのです。
紫波町五郎沼・古代ハス・・・・

今年の古代ハスの開花は早いのでしょうか。かなり以前の新聞紙上で報道されていたのを覚えていました。たまたま盛岡まで出かけた帰りにひょいと思いだし、国道4号から少し寄り道をしました。開花状況は予想の通り、ほとんど終わりに近い様子でした。じっくりと探しますと、これから開花するであろうつぼみもまだかなりありますし、きれいに開花しているハスの花を見つけることが出来ました。

毎年と言うほど訪れて撮影していますので、今までとは違う手法で撮影しました。今回は18ミリの超広角レンズでの撮影です。ねらいとするハスの花やつぼみまでぎりぎりまで接近し、かなり絞り込んでバックにもピントを合わせました。ほぼ20センチほどしかありませんでした。かなりのデフォルメの歪みを覚悟しましたが、それほどではなくてひとまず安心です。

三脚を使用せずがっちりと固定できた秘密は、沼の周辺に打ち込まれた手すり(杉の柱)のおかげでした。ファインダーをのぞきながら、縦横の線が歪まないようにと気をつけたことがうまくいったようです。


五郎沼の蓮のいわれ・・・

囲いの中の蓮は八百二十年前五郎沼に咲いた古代蓮です。平泉の中尊寺には藤原清衡、基衡、秀衡の三人の遺体と泰衡の首がミイラとなって安置されています。これは昭和25年の学術調査で確認されました。

泰衡の首桶の中から蓮の種子が見つかり、調査団の関東学院大学故大賀一郎博士が研究用に持ち帰り保存していたものを、教え子の恵泉女学園短大の長島時子教授が生命工学(バイオテクノロジー)で平成六年に発芽させ平成十年開花。五年がかりで栽培にこぎつけ、平成十一年中尊寺に移植し初めて開花させたことが大きな話題として報道されました。

この蓮については、平成十二年九月の五郎沼薬師神社例大祭に中尊寺の千田孝信貫首さんが出席され、次のように話されました。

『文治五年(1189)、源頼朝が二十八万四千騎の兵を引き連れて陣が丘蜂神社に陣を敷いていました。そこへ泰衡の首が届けられました。泰衡の首は頼朝の実検のあと長らくさらし首にされていましたが、その後ひそかに祖父母たちの眠る中尊寺に安置されました。その時、首桶の中に泰衡と親戚関係にある樋爪氏の五郎沼に咲いていた蓮の花を、五郎沼ゆかりの婦人の手で手向けられた蓮が種子となり、八百年経ってよみがえったものです。』

この蓮は平成十四年五月二十八日中尊寺から株分けされ五郎沼の池に移植されました。

                                                    (※池の側にある案内板から)


五郎沼の蓮のいわれについては、2011年に作成した植物の表情からの転記です。

                                                       2015.07.28 作成


まだまだ楽しめる池の様子です。
池の中には入られませんので、手前の葉っぱに最接近です。うまい具合につぼみと咲いている花の組み合わせができました。

車(左側)が一台だけ止まっていました。子ども連れの母親が池を見ながら遊んでいました。

ちびっ子達ですが、手すり等がありませんので母親ががっちりと見守っていました。
目の前にあった満開状態の花、少し過ぎていますが・・。 いつ見てもきれいで、清楚な姿の花と言えます。

開花時期が終わりに近くなり、一番下の花びらが少し緩んできていますがお許しください。
散り落ちた花びら、これから開花するつぼみとの組み合わせ。 まだまだつぼみがあります。

つぼみと開花した花、そして、種子が揃っていれば良いのですが、そうはうまくいきません。

たまたま散り落ちた花びらが貯まっていましたので、そのままにして組み合わせて見ました。
以前よりきれいに整備されたハス池です。 以前よりきれいに整備されたハス池です。何より良いなあと思ったのは、ハスの花を巡る通路の板がかなり頑丈になり、幅が広くなったことでした。
池を見下ろす1m程の駐車場から俯瞰すると、こんな様子になりました。

あと少しの間、午前中ならば鑑賞できそうです。