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在りし日の酔仙酒造お花見会場・・・ 岩手県三陸沿岸の最南端に位置する気仙地方、そこに溢れるほどの自然を背景に、永い伝統を誇る造り酒屋が八軒ありました。昭和19年、国の企業整備令に基づきこの八軒がひとつにまとまり、「気仙造株式会社」を設立しました。これが酔仙酒造の前身です。 商標「酔仙」は、当地出身で大正期に活躍した南宋画家、佐藤華岳齋(1884〜1949)の命名によるもので、この地酒をこよなく愛し「酔うて仙境に入るが如し」と讃え、銘柄を「気仙」から「酔仙」に改めるように薦め、自ら筆をとって水仙の華をあしらったレッテルを贈ったことによるものです。 |
造り酒屋のシンボル、杉玉です。たまたまでしたが。歩きながら工場方向を見ていたら、リフトで積まれる寸前の段ボールがありました。 | |
製糸工場時代に建てられた一戸建ての住宅、所長をはじめ、上級職員のための社宅も数棟用意されていたと言います。 | |
工場内の通路脇、広場にはかなり多くのソメイヨシノが植えられています。また、広場にはテントやステージが設けられ、これから始まる「陸前高田さくらまつり」の準備がされていました。 | |
広場のベンチでお花見宴会をしていたのはご老人の皆さんです。「高寿会」と書かれたワンボックスカーがありましたので、近くの老人ホームの皆さんだと思われます。 ※陸前高田特別養護老人ホーム 高寿園 |
登録有形文化財について・・・ 当時の従業員のほとんどは、地元の若い女性達でしたが、その女工のための寄宿舎や食堂、浴室、洗濯室、作法見習いや裁縫のための休養室、売店、そして病院までが完備されておりました。また、所長をはじめ上級職員のための一戸建ての社宅も数棟用意され、職住一体の生産体制が布かれていたようです。 総面積7200坪の敷地に立ち並ぶ建物群のうち68%が現存し、特に門衛、事務室、食堂、蚕倉、休養室、診療所、所長宿舎などが比較的原型のまま残っております。 日本の産業の礎でもあった製糸産業の様子や、岩手県における近代産業の発展の歴史を次の世代に伝える建物でもあります。また、女工達のための施設の状況等から、女性の労働史を知る上においても重要な遺産となっております。(※入り口看板から転記) |