巨大津波・三陸沿岸被災地 その2に戻る


   三陸沿岸被災地 その2・釜石市浜町周辺


ウチノメ屋敷 レンズの目 自然の表情 暮らしの表情 ウチノメアーカイブス
岩手の鍾乳洞 ほっづぎある記 心のオアシス ドキュメント

location:uchinome.jpトップ>ドキュメント三陸沿岸被災地 その2>釜石浜町周辺

  サイトマップ


打ち上げられた大型貨物船と津波を逃れた漁船。

6月16日の釜石市・・・

以前から気になっていた山田方面の様子を知るために、震災から三ヶ月後になりますが出かけてきました。5月の時とは違い、遠野経由で直接釜石に入りました。いつも通り慣れた釜石中心街なのですが、あれからかなりの時間が経過していますので街の中には瓦礫等は見あたりません。しかし、信号は点灯せず商店街のシャッター等は壊れたままですし、通りから外れた場所には瓦礫等もかなり残っており撤去作業中でした。

釜石駅を通り大渡橋を過ぎた付近から、助手席の息子に
車中から撮影してもらいました。街中でもあり、さすがに運転しながら撮影することは無理だったからです。

タイトル画像は、釜石魚市場岸壁に打ち上げられた大型貨物船・アジアシンフォニー号(4,724トン)です。三ヶ月後の今もそのままになっており、今ではちょっとした見学地になっていると思いました(不謹慎な表現ですが・・)。手前の岸壁には津波の被災を逃れた漁船が係留されていました。以前はかなりの漁船が係留されていたはずです。

8月11日、大津波から五ヶ月目になります。岩手県のニュースによると、五ヶ月を経過した時点で全ての避難所が閉鎖され災害対策本部を解散したと報じられていました。仮設住宅もほぼ整備され、本当の復興作業はこれからだと思われます。

ここで紹介する画像は全て6月16日現在の状態であり、現在とは違っていると思われますのでご了承下さい。


水平レベルセンサーについて・・・

すでに息子のことは紹介しておりますが、撮影を依頼したとは言えファインダーを見て確認してのシャッターチャンスではありません。方向としては正面からがほとんどになりますが、どちらかと言えば進行方向左側が多くなります。カメラ水平レベルの検出は、アクササリーシューにセットした音声によるデジタル水準器を使用しております。

左右のバランスがLEDで表示され、それに伴って音声のリズムが変化して水平レベルを教えてくれます。光だけの関知になる息子のカメラ操作ですが、センサーのおかげでほぼ水平レベルを正確に設定できるようです。垂直方向(上下)の修正については、側にいる私がカメラを見てアップダウンを指示しています。

※デジタル水準器・・・アクションレベルサウンド(商品名)



12:10浜町へ向かう・・・

ここからの画像は、車中から息子の撮影した画像になります。瓦礫処理作業に関わっているダンプカーの後ろについて、かつての釜石市繁華街を魚市場方向へと向かいました。

各所に信号機がありますが、未だに作動していません。歩道には土嚢が置かれたままになっており、ほとんどの商店が壊れたままになっていました。
釜石中心街 1
釜石中心街 2 釜石中心街 3
釜石中心街 4 釜石中心街 5
釜石中心街 6 中心街から奥の方 1
釜石中心街 7 左端に北日本銀行の看板が見えていますが、山田方面へはここの交差点から左折しR45号に合流します。この場所の信号機は作動していました。

R45号方向へ左折をせず、そのまま直進して浜町方向へと進みました。

この通りの商店は、二階からそれ以上の建物が多いのですが、浜に近づくにつれて一階はほとんどが流されていました。
釜石中心街 8 釜石中心街 9
16:05山田からの帰り・・・

ここからの画像は山田方面からの帰りの時で、時刻は午後4時を過ぎています。進行方向の左側でもあり、日陰の部分が多くなっています。

実際に営業しておられたお店の名前が分かりますが、三ヶ月後の現状を理解していただく意図で実名のまま表示してあることをお許し下さい。
釜石中心街 10
中心街から奥の方 2 釜石中心街 12
釜石中心街 13 釜石中心街 14
釜石中心街 15 釜石中心街 16

打ち上げられた貨物船・・・

そのままR45号進入路(この場所の信号が作動していた)を通過して浜町に向かったら、何と岸壁に乗り上げている貨物船が見え船首下が防潮堤に乗り上げて食い込んで道路にはみ出しています。この場所には駐車できないので魚市場の延長である岸壁に出てみました。

岸壁に乗り上げたパナマ船籍の貨物船(アジアンシンフォニー)、船首下にあるバルバス・バウが2m程のコンクリート堤防にがっちりと食い込んでいます。船体がそのまま岸壁に乗り上げているので海上に浮かぶ姿と同様なのですが、喫水が8mある巨大な船の姿は今にも倒れそうで怖いほどです。

※船腹に刻まれた喫水レベルの高さから換算すると、全長100m位はありそうです。資料等によるとパナマ船籍の貨
  物船は4,724トンあり、被災時にはフィリピン乗組員が17名乗っており全員無事に救助されたと言います。

12:11浜町通りから・・・

浜町通りを東に進むと、大型貨物船がドンーと乗り上げて船首下部(バスバスバウ)が道路にはみ出しているのが見えてきます。

震災から3カ月が過ぎているせいでしょうか、タクシーや乗用車が頻繁に訪れて見上げて居る方がありました。
浜町通りから見た貨物船 1
浜町通りから見た貨物船 2 近くには駐車できませんので、堤防が切れる付近の空き地に車を置き側まで近づいてみました。車の往来がかなりあり、乾燥していることもあり砂埃が舞い上がります。
浜町通りから見た貨物船 3 浜町通りから見た貨物船 4
浜町通りから見た貨物船 5 船首下部が防潮堤にくい込んでいる正面には民家があります。震災後、報道関係各社の記録集が発行されていますが、最も近い民家まで15m程の場所だったようです。
                         次のページへ →