2010平泉毛越寺浄土庭園・曲水の宴に戻る

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参宴者水辺着座・・・

12:50頃、参宴者が遣水のほとりに移動してきました。最初に入場し着座したのは、雅楽・催馬楽を演奏する六人の楽人です。

楽人の皆さんは、大泉が池の東側を歩きここまで一足先に来ていました。
会場に入る雅楽・催馬楽を演奏する六人の楽人。
勢揃いした六人の楽人、左二人が「笙」を手にしていました。 赤いカーペットが敷かれ、上には丸い敷物が置かれてあります。皆さんはそれぞれの場所に座りますが、手にしている楽器は和楽器であり、ふだん見ることの出来ないものでした。

資料によると楽人の皆さんは、東京・小野雅楽会の皆さんで装束は直垂(ひたたれ)でした。この場所にはマイク等がありませんが、六人が奏でる雅楽は広い水辺に響き渡っていました。
遣り水西側を歩く参宴者と童子。 大泉が池を龍頭鷁首(りゅうとうげきしゅ)の船に乗って渡った参宴者は、遣水の両岸に分かれて入ってきます。

西側に、羽觴を童子に手渡す僧侶(五年前も同じ方)と童子二人、その後に歌人が続きます。

下の画像は、遣水東側をゆっくりと進む主催僧、披講者、二人の童子が続きます。二コマ目は自分の席に座る二人の童子、三・四コマは赤い日傘の下に立つ歌人です。
主催僧と二人の披講者。 着座する童子。
歌人 1 歌人 2
着座して開宴を松主催僧と披講者。 主催僧の千葉貫首と、披講役(宮中歌会始披講会)の近衛忠大さん、坊城俊在さんです。披講役の方の装束は、お二人とも衣冠姿です。お若いお二人でしたが、凛々しい姿でした。


十二単について・・・

水辺に着座すると、参宴者の装束について解説がありました。平安時代に限らず、衣装や装束についてはほとんど関心がない私です。男性が着用する衣装については説明を聞いて何となく分かりましたが、平安女性姿の「十二単」についてはほとんど分かりませんでした。本日、十二単を着られる方は、遠野市観光協会の小船未来さんです。

説明があったのですが、うまく記録できなっかたので部分的になりますが書いてみました。また、ウイキペディアやネット資料で調べた内容を転記してみました。ちょっと内容が多いのですが、私も学習しましたので・・・。


小船様のお召しになっているのが「十二単」と申します。正式にはからぎぬの装束と申します。着ておいでの装束を上から順に読み上げますと、紫色に茶の混じった??・・、次にお体に近い方から赤い色のひとえ、その上にうちぎをつけ五枚お召しになります。次に??、さらに山吹色の??上着、腰から後ろに裳(も)もをそなえておられます。これまで重ね着されますと、おそらく20kgになりそうです。(※会場での案内から)

※裳(も)は、十二単を構成する着物の一つである。裳は平安時代十二単の中で一番ポイントとなるものであり、自分
  より身分の高い人、あるいは目上の者の前に出る場合は必ず着用しなければならなかった。
  (※ウイキペディアより)


女房装束の代表格・十二単(じゅうにひとえ)は、成人女性の正装です。宮中などの公の場所で晴れの装いとして着用されました。一般に正式な女房装束のことを十二単と呼んでいますが、平安時代にはこの呼び名の用例はなく後世に呼び習わされたものが現在に至っているのであろうといわれています。全体の構成は、上から順に「唐衣(からぎぬ)・表着(うわぎ)・打衣(うちぎぬ)・袿(うちぎ)・単(ひとえ)・紅袴」、そして裳を引き衵扇(あこめおうぎ)を持ちます。懐には畳紙(たとうがみ)を挟んでいます。

唐衣(からぎぬ)は一番上に着る衣装です。上半身に羽織るくらいの丈で、袖丈も短めです。表着(うわぎ)は唐衣の下、重ね袿の一番上に着る衣装です。打衣(うちぎ)は重ね袿の上、表着の下に着る衣装で、砧で打って光沢を出しています。表着が柔らかいのでその下に着けて衣紋を整える役目がありました。袿(うちき)は表着と単の間に何枚も重ね着した衣の総称です。

単(ひとえ)は一重・・・つまり裏のない衣の総称で、元々は肌着として使用されていました。袴の色は通常紅が使用されるので、紅袴(くれないばかま)と呼ばれます。また砧で打って光沢を出したものを「打袴(うちばかま)」、糊で固く張ったものを「張袴(はりばかま)」と呼んだりもします。

たとえ唐衣は省略できても、裳は絶対に省略不可です。身分の高い人の前に出る時には必ず着けなければなりません。これを省略すると普段着になってしまいます。裳は八幅の裂(きれ)にひだをつけたもので、前に回して身体にくくりつけるための「小腰」、腰に当てる「大腰」、大腰の左右から色糸をつけて長く引く「引腰」で構成されています。身分の低い女房は裳の代わりに褶(しびら)を着けました。

衵扇(あこめおうぎ)は、檜(ひのき)を薄く裂いた板を使用して作った扇に彩色を施したものです。

(※ネット資料、こちらを参照しました。)

十二単女性入場着座・・・

常行堂側の幕の中から、赤いカーペットの上をゆっくりと歩いて入場した平安女性の小船さんです。この瞬間、会場内の皆さんが注目し歓声と言いますか声が上がっていました。

平安装束については良く分からない私ですが、思わず歓声を上げながら撮影していました。手には扇(衵扇・あこめおうぎ)と生花をもち、ふところに差し入れた畳紙(たとうがみ)が見えています。

後ろに曳いている裳が印象的でしたし、介添え役の女性が慎ましやかに控えています。
十二単を着た平安女性の入場 1・・・今回はごく間近で撮影できました。
十二単を着た平安女性の入場 2・・・後ろに控える介添え役の女性。 十二単を着た平安女性の入場 3・・・素晴らしいの一語に尽きる平安絵巻です。
介添え役の女性の手助けで、扇を広げ、懐から畳紙をとりだします。小船さんは会場全体に見える用意その都度位置を動かしてくれました。 改造役に花と扇を渡します。
扇が開かれます。 右手に扇、左手に畳紙を持つ小船さん。
私達の方を向いてくれました。 右手に扇、左手に畳紙を持って周囲に皆さんに見せています。最初は良く分からなかったのですが、ネット資料を参照したらなるほどと思いました。
手にした扇の披露が終わると座りますが、立つときと同様に一人では出来ません。介添え役の女性が手際よく裾を直し、両側から手をとってゆっくりと着座させます。

最後に長い裳を後ろに広げて終わります。十二単をまとった小船さん、手に扇を持ち、この姿勢で終了するまでの間身じろぎすることなく座っていました。

いやあ・・、平安女性役の小船さんは大変だなあと思いました。扇を両手に座った姿勢で終宴の辞が告げられるまで、およそ1時間20分ほどこのままの姿勢で身動きしないのですから・・・。
介添え役の手助けで座ります。
ゆっくりと腰を下ろします。 ほぼ正座しました。
介添え役が後ろに裳を曳いて延ばします。 着座完成の姿、このまま終わるまで1時間20分身動きしませんでした。


会場での解説より・・・

曲水の宴は、昔宮中で3月3日の桃の節句に行われていた行事です。曲水のほとりに座がつくられ、杯を上流に浮かべ、それが自分の前に流れ着く前に歌を詠み、終えてから盃を取ってお酒を頂いた、奈良時代から平安に盛んに行われた風流な歌遊びです。一般には「きょくすいのえん」と申しますが、毛越寺では故事に習い「ごくすいのえん」と呼んでおります。

次に曲水の宴の次第を申し上げます。午後一時に開演致します。初めに参宴者の装束についてご説明致します。続いて主催僧が開演の言葉を申し上げ、歌題披露に続いて催馬楽(さいばら)の音に併せ、毛越寺の延年「若女の舞」が奉納されます。

そして流觴に続き、「一觴一詠」「御酒拝戴」と実際に歌をつくる場面となります。盃を乗せた羽觴が遣水に流されますと、水辺にいる歌人達がそれぞれ歌題にしたがって和歌を詠み、短冊にしたためますと童子より盃を受けてお菓子を頂戴致します。

本日は主催僧と講師がそれぞれ羽觴を流し、・・「御酒拝戴」を行い、その都度童子が短冊を受けて参ります。講師がお一人ずつの歌を詠み上げ被講いたします。

最後に、主催僧が終了の言葉を申し上げ終了と致します。参宴者は龍頭鷁首(りゅうとうげきしゅ)の雅船に乗り、大泉が池を一周して庫裡に向かいます。

※現場での記録から抜粋でテキストを作成しましたが、聞き取れないところがあったりして参考にして文章化した部分
  があることをお断りいたします。

開宴の辞を読み上げる主催僧の千葉さん。

開宴の辞・・・

ご観覧の皆様、本日はようこそ出で下さいました。毛越寺曲水の宴は、初夏を彩る年中行事として知られておりますが、本日をもって第25回目の開催となります。

曲水の宴の舞台となりますこの遣り水は、昭和58年庭園の発掘調査で発見されたもので、整備のあと昭和60年の4月に流し初めを行い、800年ぶりに平安の姿がよみがえりました。

毛越寺では、日本で唯一の庭園遺構でありますこの遣り水を広く紹介するため、昭和61年の藤原秀衡公800年の法要を機に、曲水の宴を開催しております。

曲水の宴は、平安時代3月3日の桃の節句に宮中で行われていた年中行事ですが、中国の清の時代におうぎしのらんていに軍人を集めて始めたのに始まると言われております。

遣り水の流れに貝を浮かべ、流れ着く間に歌を読み、最後にその歌を披講します。本日の披講は、宮中歌会始め披講会の近衛忠大様、坊城俊在様です。それでは平安の雅な曲水の宴をゆっくりとご鑑賞下さい。
(※本日の主催僧・千葉貫首)

歌題披露のために立ち上がります。 歌題披露・・・


これから立ち上がって歌題を読み上げるのですが、一人では立ち上がることが出来ません。介添え役の女性が両脇から支えて立ち上がりました。

十二単の装束では、立ち居振る舞いが本当に大変だと思いました。
本日の歌題は「幸」さきわいで御座いますと告げる小船さん。 曲水の宴、本日の歌題は「幸」さいわいでございます。・・・さわやかな声で、さいわい・さいわいと二回、十二単姿の小船さんが述べました。
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