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      2018一関市東山・初夏の猊鼻渓


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舟の往路行程最後の場所であり乗客は降りて徒歩でしばらく歩きます。たまたまですが、後続の舟が来たところです。
2018一関市東山・初夏の猊鼻渓・・・

地域のグループの皆さんと、8年ぶりに一関市東山町にある名勝猊鼻渓を訪れて来ました。前回は家族三人で秋に訪れたのですが、紅葉真っ盛りでしたが何故かページの作成が遅れ更新していませんでした。従って、正式にウチノメサイトで紹介するのは今回が初めての事になります。

乗船前に資料を調べると、猊鼻渓の渓谷美は四季折々に特徴があり楽しめるとありました。今回は初夏と言うよりも連日34度になる猛暑の岩手ですから、真夏の景観という事になります。深い渓谷の中を船頭さんが竿一本で操る渡し舟でのクルージング(?)になり、さほど暑さを感じないで90分の行程を楽しめました。

たまたま乗り込んで座った場所が船首の部分であり、左右の渓谷を見ながら思う存分にシャッターを切りました。しかし、渓谷の半分は全くの日陰であり(往路は右側・復路は左側)、左右の渓谷の景観を同じレベルで撮影は出来ません。それと、かなりの渓谷の高さがありますので標準レンズでは高さが写し込めませんでした。

トップの画像は、舟の往路行程最後の場所であり乗客は降りて徒歩でしばらく歩きます。たまたまですが、後続の舟が来たところです。

                                                       2018.07.04 作成


ここでは全行程を四つに分けてページをレイアウトしてみました。最初が乗船場付近の様子、往路の渓谷の様子、終点で下船し徒歩で獅ヶ鼻広場、復路の構成になります。最初にもふれましたが、渓谷の半分が日陰になることと、超広角レンズを使用しているので画像の歪みが気になる部分があります。


佐藤猊巌翁・・・

漢学者猊巌先生は、当地の名家長坂むら肝入佐藤家の長男として、文久二年(1862)三月十四日誕生。碩学の父洞漂の薫育で、求道、漢学の泰斗仙台岡鹿門に学び博識を修め帰尊村。若きより推され小学校尾校長、長坂村村長、東磐井郡会議員等を歴任、又自費にて局舎を建てて郵便業を開設、長坂郵便局長としても地方自治に多大の貢献をされました。

九州耶馬溪に想いを成し、世にも希なる渓谷の美を全国に紹介すべく、私財を投じて明治の文人墨客を招き、詩文
絵画の作成や鏡明岩、壮夫岩、錦壁岩など十五勝を称名し、明治四十三年(1910)八月三日遂に渓谷全体を「猊鼻
渓」と命名され観光地化に生涯を賭けられました。※碑文からの記録、途中省略部分があります。

乗船場付近の様子 1 乗船場付近の様子・・・

訪れたのが6月29日(金)でしたので、観光客があまり見られずゆったりとした行程でした。出発時間が11時でしたが、ゆったりとした座席割りで乗船出来ました。

銅像がありますが、猊鼻渓の名付け親とも言える地元の名士「佐藤猊巌翁」のお姿でした。
乗船場付近の様子 2 乗船場付近の様子 3
出世龍・・出発の地(パワースポット)

出世龍・・出発の地(パワースポット)

出世転身の願望をいだき猊鼻渓流を上った鯉(こい)は、遂に「龍」に転身し、「獅子ヶ鼻」がある川の淵に「潜龍潭」に潜んでいると伝えられています。

「獅子ヶ鼻」は「出世龍」の化身であり、猊鼻渓の名称の由来となっています。

「龍」は「龍生九子」といわれ九匹の子を生み、その中のさん猊は獅子に似ています。「猊(げい)」は獅子を表す言葉です。※石碑の碑文から

乗船場付近の様子 4 砂鉄川をせき止めて舟を浮かべられるようになっていますが、ほとんどの箇所では水面下が大人の膝丈〜股下ほどと水深が浅く、流れも非常に緩やかと言います。

下の画像左は、乗船した舟が手前のものであり、船尾には最大定員76名と書かれてあります。

右の画像は遊覧船の発着所になります。
乗船場付近の様子 5 乗船場付近の様子 6

終点までの往路の様子 1 終点までの往路の様子・・・

ここからはゆっくりと船頭さんの竿さばきで上流まで進みます。本当にゆっくりとした動きであり、風も無かったこともあり水面は鏡のようでした。

私の感じたなりに渓谷の大きさと美しさを表現してみましたが、なかなか大変だなあと思いました。拡大画面にすると様子が変化します。

このシリーズから、拡大画面のサイズを以前より大きくしてみました。
終点までの往路の様子 2 終点までの往路の様子 3
終点までの往路の様子 4 かつての流れと鍾乳洞だと思われますが、洞窟になっており毘沙門天が祀られていました。上陸は出来ません。
終点までの往路の様子 5 周囲は新緑一面の様相であり、水面も周りの雰囲気も緑一色でした。
終点までの往路の様子 6 上流から先の便の舟が戻ってきたようです。ここですれ違いお互いに手を振って挨拶していました。

会話の内容から中国の方かなあと思いました。大声で話す会話に特徴がありました。
終点までの往路の様子 7 終点までの往路の様子 8
終点までの往路の様子 9 船首部分を入れて対面の渓谷を記録してみました。立ち上がることが出来ないので、水面を入れることが出来ません。
終点までの往路の様子 10 崖の部分の切り取りです。高さがどの位あるのか不明です。
終点までの往路の様子 11 何とか舟の一部と水面が組み込めました。かなり大きな画面になります。進行方向左側に光が一杯に当たり、きれいに写り込んでいます。

下の画像は進行方向右側ですから光が当たりません。この部分はつぶれ気味なので、デジタル処理をしてみました。見た感じになるように明るさを調節しました。

テントのある部分が上陸地点になります。ここからひたすら歩きます。歩くのが苦手な私にはかなりきついコースになります。

重いカメラを首から提げているので、皆さんからどんどん遅れてしまいました。気に入った場所で撮影もしているので仕方ありません。
終点までの往路の様子 12 終点までの往路の様子 13
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