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         奥州市水沢駒形神社


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駒形神社本殿の様子

奥州市水沢駒形神社・・・

奥州市水沢には歴史的に由緒のある神社仏閣が数多くあります。元朝詣りをかねて何度となく訪れている神社の一つに、水沢公園にある駒形神社があります。撮影したのは昨年一月のことなので、およそ一年程前の事になります。昨年も今年同様に年末には大雪で参拝するのが大変でした。画像の中には昨年の干支の牛が写り込んでいる場合がありますがご容赦の程を・・。

トップの画像は駒形神社本殿の様子になります。大量の雪に埋もれた神社はおもむきが一段と増しています。

                                                       2022.01.04 作成


公園入り口にある大鳥居をくぐり本殿のある境内に入りました。一面の大量の雪に埋もれ、雪の無い風景とは違って見えています。肝心の細かい展示物等が雪に埋もれ隠されています。仕方が無いので目に映る大きなものに集中しました。


駒形神社・・・

岩手県奥州市水沢区にある。水沢駅の南西1Kmほどの水沢公園の一角に鎮座。

当社は、奥宮のある駒ケ岳山頂に鎮座していたが、参拝不便であるため、明治36年に塩釜神社境内に遷座された。
塩釜神社は、境内別宮として祀られていた春日神社に合祀され、塩釜神社と名を変えて、春日神社の名は消滅した。

創祀年代は不詳。社伝によれば、雄略天皇21年に、京都の籠神社から宇賀御魂大神を分霊し奥宮へ奉祭。里宮へは大宜津比売神と事代主神を配祀した。一説には、景行天皇40年、日本武尊東征のおりに、天照大神を中心に、左右に、置瀬命・彦火々出見尊、天常立尊、吾勝尊、国狭槌命を勧請した。その後も、坂上田村麿や慈覚大師、源義家など多くの祈願伝承が残っている。

祭神、駒形大神は、一般に馬の守護神とされ、東日本に多くの駒形神社が存在する。大日如来や馬頭観音とも習合し、天照大神、天忍穂耳尊、宇賀御魂大神、毛野氏の氏神、有名な神馬、蒼前神など、多くの説があり、はっきりしない。当地が、古代の軍馬の一大産地であり、馬神信仰へ結びついたものだろう。

※ネット資料より
本殿広場入り口

本殿入り口・・・

鳥居をくぐり参道を歩くと、本殿境内入り口の門がありここをくぐります。しばらく境内を歩くと、本殿正面に突き当たります。

下の画像は、本殿と本殿正面の拡大になります。お正月でもあり、お店などの祈願掲示物が展示されていました。

駒形神社本殿 本殿正面の拡大
拝殿脇から

本殿拝殿入り口の脇から見た様子になります。さすがにこの場所には雪がありません。

拝殿正面に近づくと、新年に祈願した色々な展示物が見えてきます。また、御札に願いを記入し一年の幸いを願う「祈願串」がありました。

祈願串売り場 売り場拡大
広場内にある祈願串売り場 神社境内の一隅に祈願串販売の場所があります。

良く見ると、祈願串の木札、おみくじ、開運おみくじ、だるまみくじ、金運みくじ等々色々あります。
おみくじ売り場 こちらはおみくじ販売所、側にはご覧になったおみくじを紐に結わえるくぐりやぐらがあります。
吊されたおみくじ 紐に結わえたおみくじの拡大です。

招魂社 水沢招魂社・・・

この御社は、明治維新(戊辰戦争)以来この方大東亜戦争まで、幾多の困難に際し年若くして尊き命を護国の華として捧げた郷土出身の英霊がほうさいされています。

別名郷土の靖国神社とも言います。


※ここからのテキスト文は青色に変化していますが、ネット資料からの引用になります。
塩釜神社本殿

塩釜神社・・・

当神社は今から約九百二十年昔、源頼義、義家親子の安倍貞任を征伐しようとして、宮城県の奥州一宮塩竃神社へ祈願したところ霊験あり、無事目的を達する事が出来たので、凱旋の後当地に塩竃神社の神様を勧請して創建された。

アコヤガイと塩釜 塩炊き釜の由緒・・・

今から約三百年前、気仙郡(現大船渡市^川町)に「稻子沢家」が栄えていました。栄えた理由は諸説ありますがその一つは、「遠野地方の富豪家から去った座敷童の一人娘が稻子沢家はやってきたから」とも言われています。

富をたくわえた稻子沢家は、財宝を七つの御釜に入れ、埋蔵したと言われます。

その後、稻子沢家末裔が、ご先祖の埋蔵した七つの御釜のうち四つの御釜を発見し、掘り起こした後、四つの御釜を塩釜神社に奉納されました。
アコヤガイの拡大 七宝・しゃこ・・・

この大きな貝は、江戸期に水沢に運び込まれたものでシャコ貝といいます。

二枚貝のうち片方は近くの日高神社にあります。金や銀をはじめとする七宝(しっぽう)の一つで貴重なお宝です。なでると財力アップの御利益があります。

一年神棚で拝んだ神札を焼却してもらいます。駒形神社では500円支払うようです。私がお参りする神社では、広場に焼き場が設けられ山積みになっており、期日を決めてお参りをします。通称どんと払いと言います。

下の左右の画像は、一年の願いをこめて絵馬やおみくじを吊るします。他人の願いを読むのはプライバシーに関わるのでちらりと見るだけです。
手水舎 手水舎・・・

どこの神社にもある手洗い所です。神社の規模により大きさ等が違いますが、ここで手や口を洗い身を清めて本殿に詣り礼拝します。

読み方は色々あるようです。

おわりに・・・

神社の境内に出入りする時に、必ずと言うほど身を清めて礼拝します。この時の場所が手水舎と呼ばれ、神社境内への通路左側にあります。今まであまり気にしないで出入りしていましたが、ネット資料を拝見し吟味してなるほどなあと思いました。


手水舎・・・

手水舎(ちょうずや・ちょうずしゃ・てみずや・てみずしゃ)は、参拝者が身を浄めるために手水を使う施設のこと。水盤舎(すいばんしゃ)、御水屋(おみずや)とも呼ばれる。

手水舎は、神社、寺院の参道脇または社殿脇に置かれ、参詣者が手や口を漱ぎ清める。多くの手水舎は、四方転びの柱が用いられ、四方吹き放しとなっており、その中に水盤が据え付けられている。柄杓が置かれており、それを使用する。柄杓にすくった一杯分の手水(ちょうず)を使い、一連の所作を行う。


作法、一般的には次の通り。

・右手で柄杓(ひしゃく)を取り、手水を掬(すく)う。
・その手水で最初に左手を清める。
・次に柄杓を左手に持ち替え、同様の動作で右手を清める。
・次に口をゆすぐためもう一度右手に柄杓を持ち替え、左の手のひらに手水を溜めて口に含む(柄杓の椀に直接口を つけない)。
・音を立てずに口をゆすいで清め、そっと吐き出す。
・先の動作で左手をもう一度清める。
・最後に柄杓の柄を片手で持ち、椀部が上になるよう傾け、柄に手水をしたたらせて洗い流す。
・柄杓を元の位置に静かに戻す。
                                                          ※ネット資料より

手水舎の拡大
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