◎岩沼市・金蛇水神社
以前のことになりますが、宮城県にドライブし何気なくもらった観光案内に有ったのが金蛇水神社でした。その神
社の由来を見てなるほどとなりました。金蛇とは金で造られた一対の蛇のことでした。その由来は神話とは直接
関係なく、一千年前の刀匠と一条天皇の御佩刀造りに関わる物語です。宮城の桜を見ながら出かけてきました。
◎盛岡市千手院・撫でベコ
野田塩の道のページを作成し、撫でベコの存在を知り盛岡市にある千手院に出かけてきました。盛岡市三十三
観音第五番目の霊場である千手院(せんじゅいん)は、盛岡市鉈屋町にある市内唯一の天台宗の寺院です。境
内にある案内には、本尊・先手観音、右・不動明王、左・毘沙門天と書かれてありました。
また、秋が深まると二度目のサクラが開花すると言われる「シキザクラ」が有名ですし、近くには盛岡三清水の一
つである「青龍水」があると言われます。秋が深まり初冬を迎える頃、サクラの花を見て撮影したいと思います。
◎宮古市・黒森神社
宮古市黒森神社の存在を知ったのは、平成十九年六月に県民会館で黒森神楽の公演を見たときからでした。
平成二十年は一月三日の舞い立ち鑑賞に始まり、十一月の遠野八幡宮での夜神楽公演、十二月七日の舞納
めの鑑賞と続き黒森神楽に明け暮れた年でもありました。
ここでは、宮古地区の方々から崇められている神社の様子を紹介いたします。撮影は一月と十二月に行いまし
たが、一部一月の舞い立ちの時に撮影した画像も利用しております。
◎八戸市・櫛引八幡宮
私が八戸市を訪れるようになって数年経ちますが、インターを降りるとすぐ海岸の方にばかり走っていたのがほ
とんどでした。今回ですが「るるぶ情報・青森編」を見たら次の文章が目に入りました。櫛引八幡宮、南部氏初代
藩主・光行公によって貞応元年(1222)創建された古社。以後、南部氏の総鎮守として信仰を集めてきた。国宝
の赤糸威鎧兜、白糸威威褄取鎧兜、国の重要文化財の本殿など、八幡宮全体が文化財だ。
早速八戸インターから降りて神社に向かいました。百メートル以上ある参道を通ると、正面に大きな鳥居と重要
文化財である「正門」が見えてきます。鳥居の前は車のお払い場所になっていて、次々と車がやってきます。
◎岩手普代村・鵜鳥神社
5月2日のことですが、普代村鵜鳥(うのとり)神社の例大祭が行われました。私が惹かれたのは、この時奉納さ
れる鵜鳥(うのとり)神楽の演舞でした。岩手は大変広く、江刺の家から現地までは軽く200kmを超えますし、時
間も最短コースでも4時間近くかかります。しかし、いまだ観たことのない鵜鳥神楽の魅力に惹かれ出かけてきま
した。
ここでは鵜鳥神社例大祭の様子と、卯子酉山山頂にある奥宮(本殿)までの様子を紹介いたします。
◎遠野市・卯子酉様
小さい頃の原風景になっている水車を求めて遠野市内を散策していたとき、通り道にあった卯子酉様(うねどりさ
ま)を見つけました。正式には卯子酉神社とも言いますが、若い頃陸中山田に住んでいたことから、いつも通る場
所にひっそりとあった神社でした。
恋人同士の縁結びの神様と言いますので、老体の私には無縁なのですが訪れてみました。近くには、五百羅漢
の石仏があり、近々訪れたい場所でもあります。
◎世界文化遺産・宮島厳島神社
日本三景の一つであり、世界文化遺産として日本を代表する史跡「厳島神社」を訪れたのは2007年九月のこと
でした。あれから二年以上の時間が経過していますが、当時のことを思い出しながらまとめてみました。
グループの旅行で仙台空港から空路で広島県入りをした私達は、戦艦大和の巨大な模型のある「大和ミュージ
アム」や原子爆弾の爆心地に残る「原爆ドーム」を見学し、バスで宮島へ渡る連絡船乗り場に着いたのは夕方近
くでした。厳島神社への参拝は、翌朝6時からのことでした。
◎浅草・金龍山浅草寺
浅草・浅草寺には、現職であった若い頃修学旅行引率で訪れたとき以来の訪問です。思い出してみれば昭和40
年代ですから、45年以上前のことになります。当時の雷門迄の通路は、風俗営業のポスターやチラシで一杯で
あり、多感な中学生をがっちりと刺激した想い出が浮かんできます。
東北関東大震災発生5日前の3月6日、姪の結婚式に参加した帰りにスカイツリーを見学するために浅草寺に
寄りました。あいにくの曇り空でしたが、地下鉄を降りたところから凄い人出になっていました。45年ぶりに訪れ
た浅草・浅草寺です。以前と違って若い外国人の方がかなり多いなあと思いました。
◎世界遺産 平泉観て歩き
私にとっての平泉とは、中学校時代の遠足で出かけたのが最初になります。当時のことはほとんど覚えてはい
ませんが、月見坂をあえぎながら歩いたことを思い出します。坂の脇を見ると延々と続く杉並木の古木ですが、
八百年前の坂道を登っている・・・昔も同じだったろうなと思ったことがかろうじて記憶にあります。
今まで訪れた平泉の様子をウチノメサイトで紹介していますが、可能な限り「世界遺産平泉」としての目で観て紹
介していきたいと思います。ここであえて観てある記としたのは、「世界遺産平泉」の説明だけではなく、撮影しな
がら気のついたことや感じ取ったことを紹介したいなと言う想いからです。
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