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藤原秀衡が極楽浄土を夢見たという金鶏山山頂に沈む夕日です。

金鶏山の夕日・・・

子どもの頃から知っていた藤原秀衡が一晩で土盛りをして築いた山。そして、平泉を守るために一対の黄金の鶏を埋めたと言う伝説が伝えられ、金鶏山として親しまれている標高98m程の山です。あまりにも有名な割にはその存在がはっきりとしませんが、無量光院跡の正面に見えるこんもりと盛り上がる山です。

正直の所、今まで無量光院跡は知っていましたが、通り過ぎると田んぼの中に松林がある・・、その程度の理解しかしていなかった私です。世界遺産指定の話題が出た頃、田んぼ跡に水が張られたという報道があり何回か訪れた無量光院跡です。池(ふだんは田んぼ跡)の側に駐車場があり、案内板が二枚あります。

一年に二回、山頂と無量光院本堂跡を結ぶ正面に夕日が沈みます。案内板には四月中旬と書かれていますので、お空の様子を見て4月14日に訪れてきました。日没を待ち受け、撮影時刻は17:21〜17:48の間の画像から選んであります。夕日の撮影は明るさが違いますので、周辺風景と山頂部とのバランスの表現が難しいと思います。明るさや色調の変化がありますが、夕日の状況をお分かり頂ければ幸いです。

画面説明と撮影時刻は、画面代替えテキストからご覧下さい。


「金鶏山」・・・

奥州藤原氏が山頂で経塚営んだ信仰の山。ふもとは、金峯山蔵王権現堂の跡と伝えられる「花立廃寺跡」や、「義経妻子の墓」が祀られる先手堂がある。金鶏や埋蔵金の伝説に彩られた山でもある。

全域が史跡指定。 (※平泉ぐるーりマップ、平泉「魅」どころ・・・より)



金鶏山の夕日 1・・・正面が無量光院本殿跡・・・17:21
金鶏山の夕日 2・・・右側に見える送電鉄塔、指定にふさわしくないとのしてきがありました・・・17:27。
金鶏山の夕日 3・・・山頂部のアップ・・・17:27。。
金鶏山の夕日 4・・・縦位置にして無量光院本殿跡を入れてみました・・・17:27。
金鶏山の夕日 5・・・沈んだ位置が僅かですが右にずれています・・・17:39。
金鶏山の夕日 6・・・てまえの水のない池の部分、背景には列車が走っています・・・17:39。
金鶏山の夕日 7・・・案内看板を入れてみました・・・17:39。
金鶏山の夕日 8・・・すっかり日が沈み山頂と送電鉄塔が浮かび上がっています・・・17:48。

無量光院跡駐車場には数人の方々が車で来られていました。撮影するために三脚をセットしていたら、同年代の地元の女性に声をかけられました。「今日十四日は、金鶏山の真上に日が沈むよ・・。子どもの時から十四日と教えられていたの・・。日が出てきたから見に来ているの・・」、とのことです。

側で撮影していた地元の男性は、「毛越寺に居たら夕焼けがきれいだったのでこっちに来たが、それほどではないよね・・。昨日十三日は真上に夕日が沈むので、ここにも三十人ほど来ていたよ・・」、お聞きしていて例年の十四日は昨日だったのかなと思いました。そう言えば今年は閏年ですから、本命は昨日だったのかなあと思いました。地元の新聞報道によると、大勢の方々が訪れていたと報じられていました。

「八月は三十日だよ・・」と教えてくださった地元の女性でした。天候にもよりますが、八月にも来てみたくなりました。調子づいた私は、翌日の四月十五日に金鶏山を訪れ頂上まで登ってきました。後日紹介いたします。
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