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      2010奥州市伊手・熊野神社蘇民祭


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煙の中の逞しい厄年の男衆

新しい年になり、今年も蘇民祭の話題が聞かれるようになりました。家から30分ほどで行ける伊手地区にある熊野神社は、私が知る限り岩手県で二番目に行われる蘇民祭であると言います。毎年訪れている地元の蘇民祭ですが、マイナス5度位の冷え込みのせいかカメラを持つ手が刺すように辛くなり大変でした。

翌日の新聞報道によると、厄年連の男衆の参加は百名ぐらいと言うことで、廻りで見ている参拝者はいつもより少ないなと思いました。今までは最後の見せ場である蘇民袋争奪戦まで撮影していましたが、今年は火たき登りの部分だけで体力的に辛くなり、鬼子登りや蘇民袋争奪戦を見ることなく帰りました。

トップの画像は、火たき登りのにぎやかな場面と違い、もうもうと煙が立ち上がる中でかつの木と角灯を手にし、無心に祈る表情の男衆を切り出してみました。しっかりと握った手の形に力がこもっているなと思いました。

熊野神社蘇民祭については、今までに紹介している記事がありますので詳細等についてはそちらの方をご覧下さい。



蘇民祭前日・・・

天候が良かったので、前日に下見を兼ねて熊野神社を訪れました。江刺区の中心地岩谷堂からR397号線を進むと、江刺伊手熊野神社「岩手の火祭り 蘇民祭」の看板が見えてきます。

熊野神社境内に車を置き、参道入り口を見下ろしてみました。また、雪の中にひっそりとたたずむ神社は、静かな雰囲気でした。

蘇民祭前日の様子 1
蘇民祭前日の様子 2 蘇民祭前日の様子 3・・・熊野神社正面から。
蘇民祭前日の様子 4・・・歳戸木にシートが掛けられています。 火たき登りに使う歳戸木です。3m四方ほどの杉の木を井桁状に組んだものですが、重さが6トンほどあり岩手県下でも最大規模になります。

蘇民祭当日の解説にありましたが、本来は「雷木」と言って、雷が落ちて焼けた木が一番良いのだそうです。

また木の積み方は、下に乾燥した木を置き、上には生木を乗せます。そうしないと、燃えなかったり燃えすぎたりする場合があると言います。
蘇民祭前日の様子 5 神社正面左側にある小さな通路入り口です。入り口周辺の(特に上の方)に黒い墨模様が見えています。これは、歳戸木の火で燃えた「かつの木」を持って神社までの地面を祓い、入り口で燃えさしを思いっきり神社に叩きつけた跡です。



蘇民祭前日の様子 6 神社の中には、当日使う角燈の大きなものや、たき付けになる正月飾りが積まれてありました。
蘇民祭前日の様子 7 本殿祭壇前にある格子戸です。頑丈な木組みで造られ、この格子戸に男衆が捉まってよじ登り気勢を上げます。
蘇民祭前日の様子 8 昭和七年奉納になる熊野神社の扁額です。前から思っていましたが、立派な金文字で書かれてあり、七十七年前のものとは思えません。


蘇民祭当日・・・

蘇民祭の儀式は、午後九時から始まる火たき登りから、別当及び袋登り、鬼子登り、そしてクライマックスの蘇民袋争奪戦と続きます。いつものことですが、駐車場の確保のこともあって家を出たのは午後六時半頃でした。雪が無ければ30分ほどで着く場所ですが、一面の積雪でアイスバーンになっています。私以外の方も走っていて、徐行しながらの安全運転でした。

神社境内に完全武装をして出たのが午後八時時過ぎでした。最初にも書きましたが、例年よりも参拝する方が少ないように思えました。


会場で毎年説明される名司会者のお話から・・・

今年は176回目の蘇民祭でございますが、疫病が出たり火事が起きたり、不幸なことがいっぱいあったと言うことで蘇民祭が450年ほど前から始まったと言われます。昭和50年、それまで途絶えていたのですが、神社の保存会が結成されまして、それ以後ずーっと止めることなく毎年蘇民祭をやっております。

こうやってお祭りを楽しんで居るわけですが、大体15・6人ぐらいで準備をするわけです。本当に頭が下がる思いでございます。広告取りから雪のけ、積み方、お札を作る、争奪戦の袋を作り小間木を作る。こういう事をすっかりやって準備をして、皆さんをお迎えしているわけでございます。

間もなく クライマックスの火たき登りを迎えますが、黒石の火たき登りから比べると積んでる量が倍ありますから迫力がございます。お幣束のおっきな梵天をたてて燃やし、無病息災、交通安産、諸々の祈願をして四十二の方、前厄の方、後厄の方の裸衆が登ります。

神事の時ですね、原体の神楽の方々が毎度楽隊をやっています。岩手県の蘇民祭には協力隊がございまして、そう言う人達の協力隊の中でそれぞれの蘇民祭がなされています。


いつも軽快なお話をされる方ですが、さりげない語りに中に伊手地区にあった赤金銅山の歴史が語られます。なるほどなあと納得しながらお聞きしている私です。

当日の神社の様子 1 神社境内入り口です。左側には鐘楼があり、開始の合図を告げる場所です。例年ですと、鐘楼に一般の人が上がっていましたが、今年は下に警備本部が置かれ立ち入り禁止でした。

この場所で待っていたら、ある方が「この場所に、ムササビが居るよ。そのうちに出来るかもな・・」と教えてくれました。鐘の音に驚いて出てくるのかなと思いましたが、私は見ることが出来ませんでした。
当日の神社の様子 2 神社入り口から見た様子です。ひっきりなしに参拝の方々が見えられています。

ここには写っていませんが、右側の縁側部分には樽酒が置かれてあり、自由に振る舞い酒を飲んでいます。
当日の神社の様子 3 境内入り口から参道方向を見た様子です。かろうじて鳥居が二基見えています。儀式が始まると、男衆や神官様がここを登ってきます。
当日の神社の様子 4・・・点火を待つ歳戸木、雪を払っていました。 これから火が付けられる歳戸木の上をほうきで掃いています。多分雪が積もっていると思われますので、登る男衆が滑らないようにしているのでしょう。

周囲の方の身長から大きさがお分かりかと思います。


火たき登り・・・

午後九時、鐘楼の鐘の音が響く中、控えの場所になっている場所から火たき登りの行列が出発です。ここでは、角灯を手に地面を祓いながら進む男衆の様子、ほら貝を吹き太鼓を叩き笛を吹きながら進む神官・神楽衆、境内入り口を登ってきた神官・神楽衆の皆さん、神殿のろうそくの火をせっかに点火する場面、そして、巨大な歳戸木が燃えさかる様子を紹介します。
行列の出発・・・

角灯を手にした消防団の方が先頭で、続いて後ろ向きになった厄年の男衆が、手にしたかつの木で地面をこすりつけるように左右に祓いながら進んできます。
清め行列男衆 1・・・先頭は何故か鵜尻向きなのです。
清め行列男衆 2 清め行列男衆 3・・・雪の道路を叩くようにして清め祓います。
ほら貝を吹く山伏の方、その後ろには神官様、そして、長い竹の棒を手にした男衆が続きます。

神官様のあとから、鳥兜をかぶった原体神楽の方々が続きます。
清め行列山伏姿の方
清め行列神官様 清め行列太鼓と笛の方
清め行列男衆 4・・・体に模様があります。 行列最後の男衆です。尻にマジックでなにやらペイントしています。
清め行列男衆 5・・・おなじみの逞しい男衆。 逞しい男性の方、昨年も会場で見ていますね。

神社境内入り口に着いた行列・・・

太い青竹の先に藁をきちっと巻き、御幣を吊したもの(梵天と言うのでしょうか)を先頭に境内に入ってきます。その後ろには歳戸木に点火するための葦の束(?)、豆殻が登ってきます。後ろには杉の木の先に吊した梵天(間違っているかも)が続きます。

原体神楽の鳥兜をかぶった女性は、お年を召しているなと思います。
境内に入る梵天
境内に入る梵天と採火するための葦の束。 原体神楽の女性と採火用のまめ殻


燈明の火を移す・・・

歳戸木に点火するために、神殿から持ってきたロウソクの火が葦の束に採火され勢いよく燃え上がります。この火は別のせっか(細い木の束)に移され、勢いよく燃え上がる二つの火を持った男衆が、神社正面から神殿に入り左側の通用門を通り歳戸木まで走り抜けます。
燈明の火を葦の束に移す。
葦の束はたちまち燃え出します。 点火されて火を持ち歳戸木に向かって走る男衆。
歳戸木の根元に点火。 歳戸木への点火・・・

二つの火は、東側と西側の歳戸木の根元に点火されます。火が燃え上がる頃、杉の木で造られた梵天が歳戸木の中央に立てられます。
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