◎会津若松市・飯盛山
30年ほど前に訪れたことがある飯盛山です。飯盛山については、私が史実を云々するまでもなく、日本国内最
後の内戦とも言われる戊辰戦争で、悲劇の白虎隊物語として日本人の心の中に位置付いています。当時と変わ
らない観光客の多さに驚いています。
70名ほどの団体での行動でした。案内の方に誘導され、限られた時間内に飯盛山全体を見学するのは困難で
した。白虎隊だけでなく、会津若松市には史跡等が沢山あり、ゆっくり見学したいなと思いました。
◎会津下郷町・大内宿
山間にひっそりとたたずむ村、下野街道「大内宿」は江戸時代の宿場の面影を今に残す、全国でも数少ない集
落です。ここを通る街道は、下野街道または会津西街道と呼ばれ会津若松と今市を結ぶ重要な街道でした。
昔はこの街道を通して、江戸へ運ぶ廻米や生活物資、参勤交代の大名行列や旅人がこの街道を通り、この宿
場で旅の疲れをいやしたと言います。
明治17年、現在の国道121号線が開通すると、大内宿はその道筋から遠くなり旅人も途絶え、人々の記憶から
忘れられたと言います。
◎青森市・三内丸山遺跡
7月末の事でしたが、田舎館村の田んぼアートを見た帰りに青森市まで足を運びました。以前から気になってい
た、東北高速道終点近くにある三内丸山縄文遺跡の訪問です。
広大な敷地にある遺跡ですが、入場料が無いことに驚きました。もっと嬉しかったのは、係の方に撮影は制限あ
りませんよ・・、と言われ二度びっくりです。まさか、展示されている出土品等の撮影ができるとは思っていなかっ
た私です。カメラを支持する道具等は持ち込んでいませんので、全て手持ち撮影です。ガラス張りですからストロ
ボも使えません。かなりぶれた画像がありますが、ご容赦下さい。
◎秋田象潟・九十九島
11月中旬のことでしたが、以前から訪れたいと思っていた秋田県にかほ市にある象潟に行ってきました。かなり
以前にR7号線を走り酒田方面に行きましたが、象潟は全くの通過状態で詳しいことは分かりませんでした。江
刺の家からさほど遠くはないのですが、奥羽山脈を横断し日本海側に出るのは大変でもあったからです。
象潟は今から200年ほど前まで、松島と比較されるくらいの風光明媚な場所でもありました。俳人松尾芭蕉を始
めとする多くの有名人が訪れている景勝地でしたが、文化元年(1804)の象潟地震で一夜にして海底が隆起し
陸地となった場所でもあります。
◎釜石市・橋野高炉跡見学会
10月13日、釜石市橋野地区にある「橋野高炉跡」で橋野高炉跡見学会が行われました。この企画は、釜石市
が行っている「橋野高炉跡国指定50周年記念イベント」の一環として行われ、正式な名称は「橋野高炉跡発掘
調査現地説明会」と言います。
下閉伊郡山田町に通算で12年ほど生活していた私は、橋野高炉跡の近くの笛吹峠を越えて遠野に出ていまし
た。遺跡の側を走りながら、一回も立ち寄ったことのない私でした。初日の早い時間帯で20名足らずの見学者
でしたが、市教委の係の案内で普段は見ることが出来ない遺跡内部の様子を、詳しく解説され見学することがで
きました。
◎二戸市・九戸城址を訪ねて
私が九戸城を知ったのはかなり以前の事ですが、実際に城跡を訪れたのは2007年の春先の事でした。たまた
まですが、八戸の帰りにR4号を南下してきた事がありました。青森県から岩手にはいると二戸市があり、時間が
あったので九戸城址を訪れたのがきっかけでした。
ここでは、城の歴史に必ず付きまとう悲惨な出来事を述べるつもりはありません。あくまでも風景の一部として、
散策しながら撮影した城跡として紹介いたします。
◎奥州市江刺区・五位塚墳丘群
奥州藤原文化を築いた三代の祖にあたる人物『藤原経清(つねきよ)』が、当地区岩谷堂にある豊田館に住まい
していたと言われます。奥州藤原三代の初代である清衡の父は藤原経清(つねきよ)になりますが、経清は数奇
な運命を辿り、最後は「前九年の役合戦」で源頼義によって滅ぼされてしまいます。ここで紹介する五位塚墳丘
群は、前九年の役で滅んだ経清とその一族一党の墓所と言われる場所です。
私自身、あまりにも身近にある場所なので通り過ぎることがあっても、現地を訪れていませんでした。今回で二回
目の現地入りですが、3年前とは違い通路や周辺の雑木等が伐採され整備されつつあります。現場は松と雑木
の混成林ですので、撮影するには葉が茂る前の今が最適です。
◎世界遺産・姫路城を訪ねて
所属するグループの旅行で、憧れの姫路城を訪れたのが平成22年9月上旬のことでした。城跡や現存の城郭
めぐりの好きな私にとって、日本の代表的な姫路城は憧れの地でもありました。しかし、現地の滞在時間が3時
間ほどしか無くて、ゆっくりと見て撮影するゆとりのない駆け足訪問になりました。
また、平成21年から姫路城大天守の保存修理が始まり、大天守をすっぽりと覆う素屋根が掛けられ見学等は
出来ません。しかし、私にとって憧れの姫路城です。グループの皆さんに遅れそうなりながらも、あちこち撮影して
きました。
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