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08月27日 23:11 裏方てっち さん
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SLだがすか

[1] きっちゃん URL 2005/08/01(Mon)-02:15 (No.190)

船越のSLの写真を見て、車番(この表現が的確なのかどうかわかりません)がいくつなのか気になって画像加工ソフトでいじりまわしてみました。なんとか読み取れる番号は、C58283でした。でも、かなり不確かであり確証は持てません。
別にこの車番に記憶があるわけでもなんでもありません。ただ、世の中ではSLといえばD51なのに対して、自分の中ではC58が先に出てくるだけなのです。そして、わずかな期待を込めて、気になった可能性を求めて調べてみたくなったのです。

 その可能性というのは、自分がSLと聞いた時にC58が真っ先に出てくることの理由の中にあります。自分が小学校低学年だったころ、近所のおじさんが珍しい話を聞かせてくれるというので、そこの家にお邪魔したことがありました。そこの家の床の間には、SLの車番プレートがかざってありました。当時のとっ散らかった頭で理解できたのは、このおじさんは若かったときにSLを運転していて大事故に遭い、大怪我をしながらも無事だった凄い人。そのSLは「しごはち」なんだ。この凄いおじさんは「まえたさん」ということでした。
その後、徐々にとっ散らかった頭も聞いた話の中身を徐々に理解し始めて「しごはち」はC58。「まえたさん」は前田さん。事故の詳細は映画で復習、と。実は、ものすごい体験談を生で聞くという機会に恵まれていたものだと思い知ったのです。

 そこで車番の話に戻るのですが、写真のC58は同じ山田線を走るSLです。事故にあったC58がその後どうなったのかなんて知りもしませんでしたが、修理されて復活しているのであればと、またしても勝手な希望を持ってしまったのです。
しかしインターネットは期待を裏切りません。身近な方がその辺の情報をまとめてくださっていました。
jinさんのサイトの宮古大辞典
http://www.geocities.jp/jinysd02/miyako_chronicle.html
このページの1944年です。
SL事故のことが記されており、事故に遭ったSLはC58283であることが解ります。

ということで、、
車番がC58283であるならば、ウチノメさんの船越駅の写真のSLは、あのSLそのものであることになります。

追加の情報として、
http://www45.tok2.com/home/penta/iwate/c58239/c58239.htm
に、盛岡に保存されているC58239とC58283の関係が書かれています。

[2] てっち@裏方 2005/08/01(Mon)-04:43 (No.191)

へぇ〜へぇ〜!!
何気ない一コマにそんな裏話があったとは、かなりの驚きですね。
そんな大事故に遭った機関車が、ちゃんと修理されてその後も走り続け、今現在にいたっても動態保存されているなんて、ビックリ仰天の連続です。
次に盛岡に行った時、今の状態を見てこなくてはいけないですね。
うーん、インターネットってすごい!!

[3] けむぼー Eメール URL 2005/08/01(Mon)-06:48 (No.192)

 望遠でぐぐっと手前に引っ張って来た画像すごい迫力です。しかもSLの力感と重量感が画面いっぱいに溢れています。
 父の長兄も宮古−盛岡間の機関手をやっていました。
おおいなる昔106号の国道沿いから機関車の窓にその姿を見つけて「おんつぁーん」と叫ぶと、手を振ってくれました。

[4] きっちゃん URL 2005/08/01(Mon)-09:52 (No.193)

てっち殿
文脈が解りにくくてすまぬ。盛岡に保存されているのはC58239だけです。事故に遭ったC58283は、おそらく現存していないです。前田さんの家の床の間に飾られていた車番プレートは、解体されて取り外されたものの一つなのだと思います。また、別のプレートの一つは、宮古駅前にある記念碑についているものだと思います。

[5] とち郎@家主 2005/08/01(Mon)-09:56 (No.194)

きっちゃん、おしばらくです。SLについての造詣の深さに驚いております。私が41年前に何気なく撮影した一コマのSLが、とてつもない歴史と話題性を持っていたなんて、記事を読むまで分かりませんでした。当時はディーゼル列車とSLとが交互に走っていた記憶があります。集団就職する子供達も、SL列車で旅立って行きましたから・・。

さっそくですが、スキャナーで読み込んだ原画(5コマめの画像)を拡大してみました。ご指摘の通り間違いなくC58283でした。JINさんの1944年の記事を見ましたが、歴史の一こまの出来事とは驚きの発見です。

C58289の静態保存場所は分かりますので、盛岡に出たときに出掛けてみますし、近くの展勝地に保存されているC58342ものぞいてきたいと思います。出来ることなら、船越駅のSLの続編としてHP上で公開したいなと思います。

子供の頃でしたが、大船渡線の事故で転落したSLを見たことがあります。あの大きな鉄のかたまりが線路下に横転していました。閉伊川に転落したC58283も同じような状態だったのですね。当時の事故の生き証人である前田さんのこと、貴重な人から話を聞いたきっちゃん、まさに歴史は物語るの一時でした。有り難うございました。

[6] てっち@裏方 2005/08/01(Mon)-12:23 (No.196)

なるほど、リンク先をヨーク読んだら、盛岡にあるのは239の方なんですね。
今度病院に行ったついでに見てこようっと。(笑)
でも、偶然とはいえ、歴史に1ページを刻んだ機関車が収まっているとは・・・
「おおいなる旅路」、今度DVD捜してきます。

[7] てっち@裏方 2005/08/03(Wed)-06:14 (No.197)

今頃気がついたんだけど、対向で背中を向けている機関車のプレートが見えれば・・・。
しかもそれがC58239だったりすれば、それこそとっても貴重な一コマになったかも。(笑)
可能性は充分あると思うんだけど、なにせ証明する方法がないですね。
残念

みやごのごっつお1周年

[1] みやごのごっつお URL 2005/08/01(Mon)-00:28 (No.189)

 
2005年8月1日。「みやごのごっつお」はちょうど1年を迎えました。これからも、よろしくお願いします。

[2] とち郎@家主 2005/08/01(Mon)-10:03 (No.195)

「みやごのごっつお」開設一周年おめでとうございます。ウチノメのHPが細々ながら続いているのは、みやごのごっつおHPのおかげだと感謝しております。

私も手探りの状態からスタートして、丁度5カ月が過ぎました。まだまだ課題だらけですが、これからもよろしくお願いいたします。

困ったなぁ

[1] てっち@裏方 2005/07/25(Mon)-18:04 (No.187)

新しいカメラを手に入れたのですが、今度のは撮影した動画がmov型式で保存されるようです。
変換をかけたくとも、今までみたいに手軽にはできないようで、何種類かのソフトを使って段階的にする必要があるらしい。
ブラカメにも扱えるかどうか、とっても心配です。

[2] てっち@裏方 2005/07/26(Tue)-21:12 (No.188)

いろいろ調べてみた結果、二段階を踏めばwmvまでできることがわかりました。
早速やってみたところ、なんとかかんとか変換完了。
家主にも見てもらったところ、画質もきれいだねということでした。
まずは一安心。

引っ越し完了ですか

[1] スズメバチ 2005/07/20(Wed)-21:30 (No.185)

引っ越ししたんですね〜こちらのお気に入りの変更も完了です。
トップページの写真がまた変わりましたね。いい感じです。

ここのところ暑かったのですが午後から肌寒く感じます。
コスズメバチがちょっと体調不良です。そちらもお気をつけて。

[2] とち郎@家主 2005/07/20(Wed)-23:10 (No.186)

引っ越ししましたが、連絡するのを忘れていてすみません。トップは夢灯りよりはすっきりしたのかな。この画像は撮影するときから頭に入れてやったものです。やっぱりはっきりとしたねらいがないと、中途半端にになるのかも・・。

コスズメバチは夏負けなのかな、気をつけてくだされ。明日は盛岡行きです。

お引っ越し完了しました

[1] てっち@裏方 2005/07/18(Mon)-13:35 (No.184)

いつもウチノメ屋敷におご覧いただき、誠にありがとうございます。
このたび独自ドメインを取得しまして、サイトのお引っ越しを行いました。
お気に入り登録されている方は、お手数をおかけしますがブックマークの変更をお願いいたします。
まだまだ発展途上のサイトではありますが、これからもウチノメ屋敷を、どうぞよろしくおねがいいたします。

トップの写真は、なんでしょう?

[1] けむぼー Eメール URL 2005/07/12(Tue)-18:55 (No.180)

 トップの写真、またなんとも違った風情のある写真
ですが、ご紹介いただけませんでしょうか。

 説明を見落としていたら、申し訳ありません。

[2] とち郎@家主 2005/07/12(Tue)-22:43 (No.181)

今晩は。
トップページの背景画像は、昨年の8月に開催された夢灯りin江刺でのものです。夢灯りはご存じの通り、手製のあんどんにローソクを入れて灯したものです。数にしてどのくらいあるのでしょうか。市民のボランティア活動で手作りしたあんどんが持ち寄られ、一斉に点火されますと光の流れが出来て、きれいなのものです。

この画像は、デジタルカメラで実効感度を3000(平常は200)にしての撮影です。かなりの増感になるので、ノイズがあり鮮明にはなりません。でもこの撮影場合は、ストロボを使っては意味がありませんので仕方有りませんね。

来月にはまた同じ行事がありますので、入れ替えてみたいと思います。トップページの記事内容と背景とのバランスが難しく、かなりの試行錯誤をして居ました。

[3] てっち@裏方 2005/07/12(Tue)-23:14 (No.182)

石膏粘土で作ったろうそくスタンド、これが大体900台弱と言っていました。
ガラス瓶に灯す分も含めると、たぶん倍以上の数になるはずです。
今年は、約2000個のろうそくを用意する予定なそうです。
今週の金曜日、ワタシもスタンド作成に参加してきます。
ひょんなことから、スタッフの一員に組み込まれてしまいました。(笑)
 
以下が夢灯り2003の紹介ページです。
去年もHP作らなきゃいけなかったのですが・・・機会を逃してしまいました。(汗汗)

http://esashi-v.hp.infoseek.co.jp/ashiato/030809/index.htm

[4] けむぼー Eメール URL 2005/07/13(Wed)-18:49 (No.183)

江刺の有名なお祭りだったのですね。
お盆の灯篭とか長崎のショウロウ流しの
ようなものを想像してました。

 子供たちが自分でクッキーの型抜きとか
使って作った行灯が、夜こんな感じで自分
たちの街を彩るなんてとっても感動的な行事
なのですね。
  
 ありがとうございました。

だぼ

[1] みやごのごっつお おこちゃん Eメール URL 2005/07/05(Tue)-10:43 (No.178)

宮古出身の自分はどうしても宮古の写真に目が行きます。今回の海の写真(磯鶏・藤原須賀)は、自分世代より少し上。先生がアカフンというのは、すでにありませんでしたから(笑)。地元の子供がほんの少しだけいたような気がします。ガラス玉は「だぼ」と呼んでいました。低学年は1番だぼまで、2番だぼはちゃんと泳げる人だけ、というルールもありました。それにしても藤原から磯鶏にかけて、なんと広いこと。すばらしい風景。釜石の根浜にも負けていません。この写真を「ごっつお」でも紹介したいのですが、いかがでしょうか。

[2] とち郎@家主 2005/07/05(Tue)-15:07 (No.179)

今日は・・。泳いでいるところの様子、記事にも書きましたが改めて発見したのが海中の監視台でした。私も終戦前後に広田にいましたので、ガラス玉の事は知っていました。あそこまで行ける人は、私にとって憧れでした。何せあんまり泳げなかったものですから・・。でも、広田の浜には海中の監視台はありませんでしたね。

ふんどし姿の人は校長先生でした。今見ても懐かしいというか、当時の人柄が思い出されます。根浜海岸も行きましたが、本当に広い砂浜が広がっていました。

地元の子供の姿は、さっぱぶねの近くで着替えをしている所に女の子が居ましたね。当時の海浜学校は外来者が珍しかったと思います。何気なく撮影していた画像ですが、今になってはっきりと思い出せるものと、そうだったかなと言うのがあります。

海水浴帰りの様子を次回に公開しますが、砂浜を子供達が長い列を作って歩いている場面があります。そして、岩場を越えて行くところです。はっきりと覚えては居ませんが、磯鶏の浜と藤原の浜の境目に岩場があったのかなと思いますが、いかがなものでしょうか。

皆様のお役に立つのなら、画像はご自由にご利用ください。

写真掲示板を新しくしました

[1] てっち@裏方 2005/07/05(Tue)-09:35 (No.177)

今までの掲示板が使いにくかったので、思い切って変えてみました。
ちょっと見た目が地味ですが、画像の表示がバランスよくなったと思います。
それと、今回のは返信時にもファイルの添付ができます。
今は写真だけですが、そのうちにちょっとした動画も貼り付けられるようにしたいと思ってます。
動画と言っても、デジカメで撮れるような小さい物だけですけど・・・。
 
みなさん、どうぞご利用くださいませ。

黒いダイヤモンヤモンド

[1] けむぼー Eメール URL 2005/07/03(Sun)-18:38 (No.174)

 かつては石炭が黒いダイヤモンヤモンドだったと聞来ました。福岡の川筋ののがたのほうには黒いダイヤという巨大な羊羹があります。

 てっち@裏方さんが目撃したのはオオクワガタが黒いダイヤモンドだったのでしょうか。

 さて、最近の黒いダイヤモンドって一体なんでしょうかねー。私にとっては十勝石ってーのがその1つですが。

[2] とち郎@家主 2005/07/03(Sun)-21:08 (No.175)

今晩は・・。黒いダイヤですか。その時代時代で価値の対象が変わるのでしょうね。思いつきの私なりの判断ですと、黒い液体ダイヤとして原油があります。ガソリンや軽油の価格がどんどん高騰していますので。

今日スタンドに行ったら、5日頃から高くなりますよと言う事でした。明日はホームタンク用の灯油をごっそり買ってこないと、みすみす1リッターあたり3円余計払うことになりそうです。液体ダイヤなんてあり得ませんが、例えとすればぴったりです。しかし、がっぽりと潤うのは産油国の王族だけでしょうね。

十勝石の話題は掲示板等で拝見していました。石器時代の人にとってのステイタス、これがあると無いとでは、狩りの仕方や獲物の収穫に大きな差があったようです。
もちろん加工する技術もですが。

それにしても、簡単に見つかるものなのですかね。子供の頃北上川の河原で石割をして、ガラス質のものを探した記憶がちょっぴりとありますので・・。何に使ったかと言いますと、ガラス切りの代用品ですよ。

[3] けむぼー Eメール URL 2005/07/05(Tue)-07:23 (No.176)

 おはようございます。
とち郎@家主さまがおっしゃるように、石油の高騰は困りものですネ。生活直撃ですから。

 中国のような大国が経済発展により石油消費量も増加の一途。投機が石油価格に向けられて、最近上がりっぱなしのようですね。
 
 ところで、昨日、十勝石を研磨するための保定台にしようと、ハルニレの大きな切り株をもらってきました。少しずつですが、私の十勝石黒いダイヤ計画進めています。

 私のいる牧場の川は十勝川の支流ですが、最近、蛇行を修正するために重機が入った直後だったので、けっこう拾えたようです。

無題

[1] けむぼー Eメール URL 2005/06/29(Wed)-02:11 (No.170)

ど深夜にお邪魔します。

スズムシ飼われているのですか。
白くて小さくて動いているんですね。

うちにも2000年に友人からもらったオオクワガタが
生きています。つがいでもらったのですが、メスが

この春に大往生して、オスだけになりましたが、まだ
元気に蜜をペロリと知らぬ間に平らげています。

スズムシは泣いているやつを毎年買ってきています。
こんな小さいときから、はじめたらさぞやかわいい
でしょうね。

[2] とち郎@家主 2005/06/29(Wed)-15:33 (No.171)

私の方は今日はです。暑い日が続きますね、それと梅雨入りが豪雨とは驚きでした。でもすっかり乾いていた畑の土がしっとりしてきました。今日はまた30度です。

スズムシは千葉の弟が本家になります。サイトのページにも書いたのですが、卵からの孵化の様子をねらっているのですが、思うようにいきません。スズムシは秋になると昇天しますが、オオクワガタは長命なんですね。

妹は孵化直後のスズムシ画像を見て、シロアリみたいだと言っておりました。ちなみに、孵化したのは一個の箱だけで、別の箱はまだのようです。連日の暑さで、そろそろだと思いますが・・。

[3] けむぼー Eメール URL 2005/07/02(Sat)-12:29 (No.172)

今日、近所のDIYショップに行ったら、オオクワガタつがい4980円、スズムシつがい780円で売っていました。

スズムシ、かごによってはオスが死んだのもあり、♀のみのかご半額となっていました。買う人がいるとは思えませんが・・。

北海道ではカブトムシは越冬できないようですが、クワガタや蝉はいます。まだ出てきてませんがそのうち見つけられると思います。

 先日、藪に入っては家畜につくダニが落ちてきて、身体に付いていたことがありました。幸い吸血されないうちに、払い落としましたが、ちょっとびっくりしました。

 

[4] てっち@裏方 2005/07/02(Sat)-22:22 (No.173)

オオクワガタのつがいが4980円・・・
うむむ、今はそんな値段で売っているんですね〜
もう15年近く前、まだ川崎にいた頃ですが、山梨までオオクワガタ捕まえにいったことを思い出しています。
当時は無茶苦茶な値段がついていて、オス一匹ン蔓延で買い取るとのことでした。
一攫千金を夢見て、何度か足を運びましたが、結局私たちはお目にかかれずじまいに終わりました。
3年くらい続けて行ったかなぁ・・・
 
当時はオオクワガタが暴なんとか団の活動資金源になっているという報道があり、山でも何度かそういう人たちを見かけました。
山とは不釣り合いな高級外車が、何台も連なって薮からの道をかき分けていきました。
いかついおじさん達がどやどやと降りてきて、夜中の山中で懐中電灯持って片手に虫取り編み・・・
今思い出しただけでも笑ってしまいます、ハイ。
すんごく異様な光景でしたよ。(笑)